「元町を紡ぐ人びと」第5回:「フクゾー洋品店」森本 珠水さんが大切にする、長く寄り添う服づくり

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「フクゾー洋品店」代表取締役 森本珠水さま/「近沢レース店」営業本部長 近澤柳

横浜・元町。石畳が続くこの通りには、新しいものが次々と生まれては消えていく中に、変わらず暖簾を掲げ続けてきた店が並んでいます。

この連載「元町を紡ぐ人びと」では、元町という街で商いを続けてきた方々の言葉を通して、ものづくりの背景や、街との関わり、そして次の世代へと受け継がれていく想いをひもといてきました。

第5回目のゲストは、フクゾー洋品店さま。ハマトラを代表するブランドのひとつとして知られ、上質な生地、変わらない佇まいの服づくりで、長年多くの人に愛されてきた存在です。

今回は、フクゾー洋品店さまが歩んできた80年の歴史と、変わらないために続けてきた工夫、そして元町という街との関係性について、代表取締役・森本さまとの対談を通して、じっくりと伺います。

第1章:フクゾー洋品店の原点と形作ってきたもの

——まずは、フクゾーさまのこれまでの歩みについて教えてください。

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「フクゾー洋品店」元町本店

森本さま:フクゾーは、祖父・森本福蔵が創業した店です。祖父は、もともと銀座の洋品店で丁稚奉公をしていました。独立のタイミングで自身の名である「フクゾー」という屋号を決めていたそうです。
戦争が終わり、横浜に戻ってきたとき、祖母が守っていた2台のミシンを使って、御用聞きのような形で洋服をつくり、納めるところから商いが始まりました。

最初からブランドをつくろうとして始めたわけではありませんでした。目の前の人に必要なものを、きちんとつくって、きちんと渡す。その積み重ねが、いまにつながっています。

近澤:お話を伺っていると、街と一緒に育ってきたお店なのですね。

森本さま:まさにそうだと思います。こちらが一方的に何かを押し出したというより、お客様との関係の中で、自然とフクゾーの形ができていった。そういう感覚がいちばん近いですね。

——フクゾーさまは、「ハマトラを代表するブランド」として語られることも多いですが、ご自身ではどのように捉えていらっしゃいますか。

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森本さま:みなさまにそのように覚えていただけているのは、とてもありがたいです。当時の話をすると、ハマトラというのは雑誌社の方が名付けてくださったもので、私たちが戦略的につくったものではないのです。ただ、横浜・元町で続けてきた服づくりを、全国の方に知っていただくきっかけにはなりました。

ですから、ハマトラという時代は、フクゾーにとっても大切な時期です。いまでも、当時のデザインをいかした商品をご用意しており、あわせて新しい商品も取り揃えております。
「昔の店」ではなく、「続いている店」でありたい。そのために、過去も現在も、どちらも切り離さずに大事にしています。

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「ハマトラ(横浜トラディショナル)リカちゃん」

——ブランドとして、長く大切にしてきた考え方や姿勢があれば教えてください。

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森本さま:軸となるのは「長く着ていただけるものをつくる」ことです。あえて流行を追わないという考えも大切にしています。誤解しないでいただきたいのが、流行を知らないわけではありません。でも、振り回されることはしたくないのです。
服は、着る人の人生と一緒に時間を重ねていくものだと思っています。ですから、長く残るもの、直して着ていただけるもの、思い出が重なっていくものを作りたいんですね。

近澤:使い続けた先に価値がある、という考え方ですね。近沢レース店のものづくりとも通じるものがあります。

森本さま:服も、レースも、暮らしの中で使われてこそ意味がありますよね。私たちも派手さよりも、日常に残ることを大事にしてきました。
派手な変化はなくても、積み重ねを止めない。それが、フクゾーの原点であり、いまも変わらない観点です。

——フクゾーさまといえば、やはり象徴的なのが「タツノオトシゴ」の刺繍です。改めて、このモチーフに込められた意味や、誕生の背景を教えてください。

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森本さま:実は、最初から「ずっと続けるモチーフにしよう」と思っていたわけではないのです。
もともとは、シャツやトレーナーのポケット部分に、お客様のイニシャルを手刺繍で入れるオーダーを受けていました。需要が増えていく中で、すべてのイニシャルを揃えることがだんだん難しくなってきたのです。そこで祖父が、「何かワンポイントを作ってみよう」と考えたのが始まりです。

アメリカではすでにワンポイント刺繍の文化がありましたが、日本にはまだなかった時代でした。ちょうど辰年が近かったこと、そして横浜という港町のイメージも重なって、モチーフはタツノオトシゴになったと聞いています。

近澤:結果として、その「ワンポイント」がブランドの象徴になっていったのですね。

森本さま:そうですね。当時は、ここまで続くとは想像していなかったと思います。ワンポイントを始めてから、タツノオトシゴがついた服を「いいね」と言ってくださる方が多くて、その声に応える形で続いてきました。

最初に作られたデザインは、口から泡をぷっと吐いているような形で、泡が4つあるのがオリジナルでした。ハマトラの時代には、泡の数が違う似た意匠が出回ることもありましたが、当時はいまほど厳密な権利意識もなくて、家族で「泡が5つあるね」なんて話していた記憶があります(笑)。

第2章:フクゾー洋品店の80年続くものづくり

——フクゾーさまといえば、タツノオトシゴと並んで「タータンチェック」の印象も強いです。こだわりについて教えてください。

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森本さま:タータンチェックも、最初から「フクゾーの顔にしよう」と決めていたわけではなく、元町の空気感や、ハマトラと呼ばれていた時代の流れの中で、自然と定着していったものですね。

生地づくりそのものには、かなり時間と手間をかけています。当店は、生地を起こす段階から関わることが多くて、糸の色、配色の割合、織り方まで細かく指定します。

近澤:同じタータンチェックでも、印象が違う理由はそこにあるのですね。

森本さま:そうですね。たとえばブラックウォッチでも、黒・紺・緑のバランスひとつで、まったく違う表情になります。街で見かけたときに、「あ、これはうちの生地だな」と分かるくらいには違うと思います。
一度決めた生地は、何十年も使います。だからこそ、最初の判断がとても重要なんです。

近澤:レースも同じですが、最初の設計で、その後の何十年が決まりますよね。

森本さま:本当にそう思います。一瞬の流行に合わせて作った生地は、数年後に使いづらくなってしまう。10年後も着たいと思っていただけるかどうかを基準にしています。

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近澤:現在も、日本で生地を作られていると伺いました。

森本さま:はい。いまのところ洋品は日本製です。ただ、それを続けるのは年々難しくなっています。
昔は、糸を染めるところ、織るところ、仕上げるところと、それぞれ専門の工場がありました。でもいまは、廃業されるところも多くて、選択肢はどんどん減っています。それでも、風合いを大事にしたい。スピードよりも、どういう生地になるかを優先したいんです。

近澤:その感覚は、手仕事に近いですね。

森本さま:そうかもしれません。ですから、スピードを重視する生地屋さんとは、どうしても考え方が合わないこともありますが、そこで妥協してしまったら、フクゾーの服ではなくなってしまう。
時間がかかっても、遠回りでも、納得できる生地を選ぶ。それが私たちのものづくりで大切にしていることのひとつです。

——フクゾーさまの店内を拝見すると、奥にミシンが置かれているのがとても印象的です。

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森本さま:あのミシンは、かなり前から置いてありますね。昔は、名入れをしたり、直しをしたり、店の中でもっと頻繁に手を動かしていました。
いまほど分業が進んでいなかった時代は、「売る場所」と「つくる場所」がずっと近かった。その名残、という言い方がいちばん近いかもしれません。

毎日使っているわけではありませんが、あのミシンがそこにあることで、「ここは、ものづくりをしてきた店なんだ」という空気が伝わればいいな、と。
それはお客様に対してもそうですし、働いている私たち自身にとっても、大切なことなんです。

昔は、2階に生地を置いて、縫製している様子が見えるような作りでした。お寿司屋さんのカウンターみたいに、出来上がったものがすっと出てくる。父は、その距離感にこだわっていましたね。

近澤:いまも、対面での接客を大切にされていますよね。

森本さま:はい。効率だけを考えたら、もっと違うやり方もあると思います。ですが、フクゾーは昔から、お客様と会話をしながら服を選ぶ店でした。
「こういうのを探しているんだけど」「これ、どう着たらいい?」
そういった会話の中で、服の良さが伝わっていく。それが、私たち商いの原点です。

近澤:小売の原点、という感じがします。

——森本さんご自身が、特に思い入れのあるアイテムがあれば教えてください。

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森本さま:アイテム単体で挙げるなら、カーコートでしょうか。イギリスの羊毛を使った生地で、少し重たいんですけれど、その重みも含めて好きですね。ぎゅっと編まれた感じがあって、着ていると安心感があります。
同じカーコートでも、織り方や素材を変えて展開しています。マルティ織やロブロイ織、ウールやメリノウールなど、それぞれ表情が違うんです。どれが一番、というよりも、ご自身の暮らしや好みに合わせて選んでいただけたら嬉しいですね。

同じ生地をいろいろな形に展開しているのも気に入っています。コートやスカート、ニットなど、同じタータンチェックを使って、家族で共有したり、世代を越えて着ていただけたら嬉しいですね。

近澤:服が個人のものを超えて、時間をつないでいく感じがありますね。

森本さま:服は、着て終わりではなく、誰かに引き継がれたり、また違う着方をされたりして生き続けるものだと思っています。そういう時間の重なりまで含めて、フクゾーのものづくりなのかもしれませんね。

第3章:元町で重なり合う、店と人の時間

——近沢レース店とのご縁についても、お聞かせください。

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森本さま:近澤さんとの個人的な出会いは、いわゆる「初めまして」ではないですが、こうやってお話しする機会はあまりありませんでしたね。

近澤:確かに、腰を据えてじっくりお話しする機会は、意外と今日が初めてかもしれません。

森本さま:でも不思議と、距離を感じたことはありません。同じ元町で商いをしてきた者同士、気づけばずっと存在を知っていた、という感覚の方が近いです。
商店街の活動や、さまざまな集まりで顔を合わせることは以前からありましたし、街の中で「あ、近沢さんだ」と思う場面も何度もありました。

そもそも近沢レース店さんは、商店街の一店舗というより、生活の一部として記憶に残っているんです。
祖母の家には、昔から近沢レース店さんのレースがたくさんありました。花瓶敷、電話の下のクロス、テーブルクロスなど。白や生成りのレースがとても素敵なんです。元町周辺で昔から暮らしている方は、生活に寄り添ったお店というイメージがあるのではないでしょうか。

——お店同士での関わりも、長く続いてきたと伺いました。

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森本さま:はい。ディスプレイでレースを使わせていただいたり、お客様のご進物に近沢レース店さんの商品を選ばせていただいたり。特別な「コラボレーション」という意識がなくても、自然と関係が続いてきた、という感覚ですね。

近沢レース店さんは、とにかくすごい、という印象です。昔から店舗数も多く、元町の中でも存在感がありましたし、「やるな、近沢レース店」という感覚がありました(笑)

近澤:ありがとうございます。私から見たフクゾーさんは、「変わらないスタイル」を大切にされているお店です。
一つひとつの商品の価値を大切にしながら、長い年月、お客様を掴んで離さない。それは誰でもできることではないと思っています。

森本さま:新しいお客様にどう届けていくか、悩むこともあります。ですが、「新しいものだけで商売をしない」という考え方は、これからも変えないつもりです。
昔から来てくださっているお客様がいて、その方々がいまも手に取ってくださる商品がある。それは、何より大切にしたい部分ですね。

——最後に、元町を訪れる方、フクゾーの服を手に取る方へメッセージをお願いします。

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森本さま:これから新しくお店が増えていく中でも、元町らしさを大切にしながら、それぞれの新しい感覚や個性が、街の中に自然と溶け込んでいくような街づくりをしていきたいですね。
元町は、これまで積み重ねてきた文化の上に、新しいものが重なっていく街。そのバランスを、みんなで育てていけたらと思っています。

森本さま:フクゾーとして大切にしているのは、「門を開けておく」ということです。
理由は何でもいいのです。お直しの相談でも、久しぶりに元町に来たついででも。ここに来れば、いつもの場所がある。それを、これからも守っていきたいです。

80年続いてきた店だからこそ、昔着てくださっていた方も、これから初めてフクゾーを知っていただける方も、同じようにお迎えしたいと思っています。

——次回の連載に向け、森本さまの元町おすすめスポットを教えてください。

森本さま:「キタムラ」さんをご紹介させてください。元町のバッグといえばキタムラさん、というくらい、地元の方にも長く愛されているお店です。
キタムラさんとは、お隣同士でずっとやってきた間柄。長い歴史の中で自然と協力し合いながら、お互いに商売を続けてきました。

元町という街は、一つひとつのお店が独立しながらも、どこかでつながっている。キタムラさんとの関係も、まさにそういうものだと思います。それぞれが自分たちのものづくりを大切にしながら、同じ通りで肩を並べてきた。そういう存在がすぐ隣にあるというのは、私たちにとっても心強いことですね。

最後に

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フクゾー洋品店さまの話を通して浮かび上がってきたのは、「変わらない」という言葉の奥にある、数えきれない選択と積み重ねでした。
タツノオトシゴの刺繍や、タータンチェックの生地、店内に残されたミシン。それぞれが重なることで、フクゾーさまが歩んできた時間と、人との関係性を物語っています。

元町という街が持つ魅力もまた、こうした店の存在によって支えられてきました。扉を開ければ、変わらず迎えてくれる場所がある。その安心感こそが、人をまたこの街へと引き戻す理由なのかもしれません。

服を選ぶことは、暮らしを選ぶこと。フクゾー洋品店さまの一着は、自分らしく、豊かな気持ちにさせてくれる存在です。
この街で紡がれてきた時間は、これからも、日々の装いの中で受け継がれていくでしょう。

フクゾー洋品店 横浜元町本店

  • 住所:〒231-0861 横浜市中区元町3-127
  • 営業時間:10:30~18:30
  • 定休日:不定休