「元町を紡ぐ人びと」第1回:CHARMY 田中 孝太郎さんと語る、街と商いのこれから
- コンテンツ
- 2025.07.30.
横浜・元町という街で、私たち近沢レース店は創業以来、長きにわたってものづくりを続けてきました。
この連載では、そんな元町でともに歩んできたみなさまと、あらためてこの街の魅力や、日々の営みについてお話をうかがっていきます。

第1回の対談相手は、オリジナルジュエリーの専門店「CHARMY」と輸入時計の専門店「COMMON TIME」の運営をしている、株式会社CHARMY代表取締役の田中 孝太郎さん。創業以来60年近く、同じ元町の地でお客様と向き合い続けてこられた存在です。
私たちも、ものづくりや商いへの姿勢において、学ばせていただくことの多いお店です。
今回は、田中さんを訪ね、当店営業本部長の近澤 柳とともに、元町という街への想いや、これまでの歩みについて語り合う時間を持たせていただきました。
プライベートでも親交の深いふたりのやりとりからは、この街が育んできた空気や価値観が、自然と浮かび上がってきます。
第1章 偶然の出会いが、信頼の始まりに
——まずは読者のみなさまへ、CHARMYさまについてご紹介させてください。

田中社長:ありがとうございます。CHARMYは、1964年に横浜元町で創業したジュエリーの専門店です。創業当初は輸入のアクセサリーを中心に扱っていましたが、今はダイヤモンドを中心としたオリジナルのジュエリーを展開しています。
「ひとりでも多くのお客様に少しでも永く使って頂きたい」という思いで母娘で使って頂ける世代を超えたジュエリーを提案しています。
「COMMON TIME」で国内外の時計正規ブランドを幅広く取り扱う一方で、「CHARMY」では自社オリジナルのダイヤモンドのカット技術にも長年取り組んできました。
お客様の人生に寄り添う一本や一粒を、確かな審美眼と技術でご提案することを大切にしてきたつもりです。
地元・元町に根ざして60年近くになりますが、ここまで続けてこられたのは、街の空気や人とのご縁があってこそだと、いつも感じています。
——CHARMYさまの歴史は、元町とともに育まれてきたと伺いました。

田中社長:アクセサリーを輸入するようになってからは60年ほど経ちますが、実はもっと前から会社は続いているんです。私の祖父母の代は薬局を営んでいまして。父の代になってから、医薬品や化粧品と並行して、輸入アクセサリーを扱い始めたのがCHARMYの原点です。
近澤:もともと薬屋さんだったんですね。とても意外です。
田中社長:横浜の本町の生糸検査場内(今の合同庁舎)で薬屋をやっていました。その後、横浜駅西口で輸入アクセサリーの店を出し、2店舗目として私が生まれる2年前に、元町に本店を構えることになります。
近澤:そうすると、CHARMYさんとしての元町の歴史も60年近くになるんですね。
田中社長:ええ。ただ、家業のルーツまで含めると、百年に届くかもしれません。今ちょうどそのあたりも整理していて、「うちの歴史、どこから数えるべきだろう?」なんて話を社内でもしているところです。
近澤:それだけ長く続いているというのは、並大抵のことではないですよね。
田中社長:でも、意識して老舗らしさを出そうとしてきたわけではなくて。あくまで、自分たちのスタイルで地に足をつけてやってきたら、自然と「続いていた」という感覚に近いですね。
近澤:その自然体な在り方が、きっとお客様にも伝わっているのだと思います。元町にふさわしい、品格のあるお店づくりを、ずっと体現されているように感じます。
——おふたりが出会われたきっかけは?

近澤:最初にご挨拶したのは、私が前職で働いていた頃ですね。職場の先輩から「近沢レース店の息子がいるよ」と紹介されて。最初はお互い、まさかこんなに長い付き合いになるとは思っていなかったかもしれません(笑)。
田中社長:あのときは本当に偶然でしたよね。でも、私自身も近沢レース店さんの前社長にお世話になっていたこともあって、「じゃあ今度一緒に飲もう」と自然な流れでご縁がつながっていった。そこから、プライベートでもよくご一緒するようになりました。
近澤:当時はお互い独身でしたしね。スキーや海に行ったり、家族ぐるみで過ごしたり。仕事を越えて、今もとても深い付き合いをさせていただいています。
田中社長:年齢はちょっと離れているけれど、妙に波長が合って。正直、独身時代は誰よりも一緒にいた時期だったと思います(笑)。
——CHARMYさまと、近沢レース店との仕事のつながりについて教えてください。

近澤:昔、ノベルティの製作をご依頼くださいましたね。
田中社長:はい。うちの販促用に、近沢レース店さんにポーチをつくっていただきました。お客様にもとても好評で、「これ、どこで手に入るの?」と聞かれることも多かったです。
またああいう企画、やりたいですね。またコラボしましょう。
近澤:ぜひぜひ、お願いします。
第2章 変わりゆく元町と、変わらない街の誇り
——元町という街に、おふたりはどのような魅力を感じていらっしゃいますか?

田中社長:私が学生だったころ、元町は「横浜で一番華やかな場所」というイメージがありました。都内の友人たちもわざわざ遊びに来るくらいで、どこか誇らしかったですね。
近澤:わかります。今も変わらず、特別な雰囲気がありますよね。私たちのお店も、元町らしさを大切にしたいという思いは強くて、ブランディングや商品づくりにも、その意識が自然とにじんでいる気がします。
田中社長:そうですね。東京の流行とは少し違う、長く大切にされるものが評価される街というか。あえて時代に流されないことで、“通”の方たちに支持されてきた、そんな印象です。
——おふたりにとって、“元町らしさ”とはどんな空気や価値観でしょうか?

近澤:横浜駅周辺のような都市的なにぎわいとは少し違って、元町にはいい意味での「ゆるやかさ」や「余白」があるように思います。
買い物だけじゃなく、ふらっと立ち寄って過ごせる街全体の雰囲気が魅力ですね。
田中社長:そうですね。どの店も主張しすぎず、でも一本筋が通っていて、街全体として丁寧な時間が流れているような印象があります。
だからこそ、何気ない日常に少しの上質さを添えたいとき、足を運びたくなるのかもしれません。
——そうした元町の雰囲気は、商店街全体でつくられているんですね。おふたりは「エスエス会」でもご一緒に活動されているそうですが、どのような会なのですか?

近澤:エスエス会は、元町ショッピングストリートの商店街運営を担っている組織です。
街全体のまちづくり・プロモーション・イベント企画などを理事や委員会で役割分担しながら進めています。元町通り全体で統一された景観をつくっていく活動や、チャーミングセールなどのイベント運営もすべてこの会の中で決められていくんです。
田中社長:加盟している店舗数は約200店舗ほど。理事が各丁目ごとに数名編成されていて、その選出された理事が商店街の運営にしっかり関わる体制になっています。
さらにその中に「広報宣伝委員会」や「まちづくり委員会」などもあって、特に若い世代が中心になってイベントを立ち上げたり、新しい提案をしたりする機会も多くありました。ときには前例がないことも取り組み、なんとか形にしたこともありましたね。
近澤:そのほかにも、街の道路整備や、パークレット(休憩スペース)の導入、公衆トイレ「元町オアシス」の設置など、街に必要な取り組みをたくさんやってきました。
田中社長:ストリートを使った音楽イベントや、ミュージカルパフォーマンスなども印象的でしたね。あとは、F1マシンが日本で初めて公道を走ったのも元町なんですよ。振り返ると、意外と知られていないことが多いですね。
実は、ハロウィンイベントも渋谷よりずっと早く始めているんです。最初は山手の住宅街で、インターナショナルスクールの子どもたちが近所に「お菓子をください」と訪ねてくるような、文化的なはじまりでした。
近澤:今では商店街全体の恒例行事として定着していますが、あくまで子どもたちが主役という姿勢はずっと変わっていません。大人の仮装イベントではなく、地域の子どもたちが安心して楽しめる場でありたいという思いがあります。
——元町商店街ならではの運営体制や意識も、特徴的ですね。

田中社長:そうですね。元町の商店街って、全国的に見てもかなり特異な存在かもしれません。しっかりと商店街費はいただいていますが、その分、地域のために本気で取り組んでいるという自負があります。
近澤:自分たちの街に対する覚悟や責任が自然と育まれているのかもしれませんね。
田中社長:元町には「地元を良くしたい」という意識が根付いていると感じます。住んで、働いて、子どもを育てて、次の世代に引き継いでいく。代々この土地に関わる人が多いのも、大きな特徴だと思います。
第3章 続くもの、変わるもの
——近年、元町の街やお客さまに変化を感じることはありますか?

田中社長:正直なところ、元町は「客層の高齢化が進んでいる」と言われることもあります。でも、実際には幅広い年齢層のお客さまが来てくださっていますし、感覚としては多様化してきたという印象に近いですね。
「CHARMY」では、20代30代のブライダルのお客様が今とても増えています。
近澤:そうですね。うちも三世代で来店してくださるお客様が多くて、「母にすすめられて来ました」という10〜20代のお客様もいらっしゃいます。街としての信頼が、親から子へと自然に受け継がれているのを感じます。
田中社長:実際、元町商店街全体で人流データを見ても、今はファミリー層がじわじわ増えているんですよ。ただ、そういった変化が街のイメージにまだ完全に反映されていないのは、私たち発信側の課題かもしれません。
あとは、私の周囲でも「元町に久しぶりに行くよ」という女性が増えているんですが、その理由の多くが「近沢レース店の限定アイテムを買いに行く」なんです。うちじゃなくて(笑)。
近澤:ありがとうございます(笑)。そう言っていただけるのは本当に光栄です。最近は、「いいものをきちんと選びたい」という意識のある方が増えていると感じます。
田中社長:そう。価格やセールだけで動く時代ではなくなってきていて、定価であっても「これはここで買いたい」と思っていただけるかどうかが重要になってきていると感じます。私たちもその意識で取り組んでいます。
——CHARMYさまと近沢レース店の“ものづくり”の姿勢にも、共通点が多いように感じます。

近澤:たしかに、ジャンルは違っても、ものに込める想いやお客さまとの向き合い方には、共通するところが多いかもしれませんね。
田中社長:CHARMYでは、ダイヤのカットから指輪の強度設計まで、世界最高水準を目指してこだわっています。製品の寿命やお客様の着け心地まで徹底的に考えているからこそ、お客さまの信頼につながっている。
近澤:私たちもレースという繊細な素材を扱う以上、手間を惜しまず、長く使っていただけるものをつくりたいという気持ちがあります。その姿勢をブレずに守り続けている点では、すごく共鳴しますね。
田中社長:お客様はそういった商品の背景まで見てくださるんですよね。機能だけじゃなくて、作り手の哲学みたいなものも、きちんと伝わる時代だと思っています。
第4章 これからの元町、訪れる人への想い
——これからの元町に、どのような可能性を感じていらっしゃいますか?

田中社長:今のお客様は、どこにでもあるいいもの、より、「ここにしかない、私だけが知っているいいもの」を求めている気がします。元町という街は、まさにそれを体現できる場所だと思うんです。
近澤:わかります。東京や横浜駅とは違う、“元町にしかない空気”ってありますよね。私たちもその雰囲気に惹かれて、ここで商売を続けてきたところがあります。
田中社長:実際、都内にあるブランドの支店でも、元町店だけは品揃えが違うとか、接客の雰囲気が違うってことがあるんです。当店もネット通販は今はやっていないのですが、全国から「元町で買いたい」と足を運んでくださるお客さまがいらっしゃいます。やっぱりその場所にしか出せない力ってあると思いますね。
——最後に、元町を訪れる方に向けて、メッセージをお願いします。

田中社長:みなとみらいや中華街には来るけれど、元町に立ち寄らずに帰ってしまう方も多いと聞きます。とてももったいないなと。
元町は、石畳を歩きながら、ただお茶を飲むだけでも十分に楽しめる街です。買い物をしなくてもいいんです。ぜひ気軽に、肩の力を抜いて訪れていただきたいですね。
近澤:そうですね。敷居が高いと思われがちかもしれませんが、実はこの街は店主の顔が見える商いが根づいていて、どのお店でも店主やスタッフが丁寧に向き合ってくれます。特に店主がしっかりと接客してくれる店って今は本当に少なくなって来たと思うので、商品に触れることはもちろん、店の人と話すことも、元町を楽しむひとつの方法だと思います。
田中社長:時計のお店なんかは特に「入ったら買わされるんじゃないか」って思われがちなのですが(笑)、実際はそんなことないんですよ。うちでも「初めて時計をつけさせてもらえた」と喜んでくださる方が多くて。触れるだけでも嬉しい、そんな体験をしに来ていただけたら嬉しいですね。
近澤:そうそう。いろんなお店をのぞいて、気になるものにちょっと触れて、ベンチに座ってコーヒーを飲んで、また歩いてみる。
そんな風に、元町という街を味わうように楽しんでいただけたらと思います。
——最後に、元町のおすすめスポットをひとつ教えてください。
田中社長:ご紹介したいお店はたくさんありますが・・・「霧笛楼」さんをおすすめさせてください。今平さんが総料理長をされていた時代にもよく伺っていたのですが、料理長が代わってからは、より洗練されて、また違った美味しさを感じています。
いつも海外の時計ブランドのトップの方や、雑誌の編集長などをお連れすることが多いのですが、みなさんとても喜ばれるんですよ。料理も雰囲気も含めて、東京のレストランとはまた違う、横浜らしさがしっかりと感じられる場所だと思います。
近澤:霧笛楼さんのクラシカルでありながら、肩肘張らずに楽しめるあの空気感は、元町という街ならではだと思います。
お店の方々の丁寧な対応も含めて、訪れるたびに街の文化を感じられるような、そんなレストランですよね。
最後に

本対談では、長年にわたって元町の街で商いを続けてきた両店の歩みや、街に対する思いをあらためて振り返ることができました。
CHARMYさまと近沢レース店、それぞれの視点から語られた言葉のなかには、元町という土地に根ざしてきたからこそ共有できる価値観が、いくつもあったように思います。
今後もこの対談企画を通して、元町の街とそこに息づく人やお店の姿を、少しずつご紹介していければと考えています。
この街に訪れたことがある方にも、まだ知らない方にも、あらためて元町の魅力を感じていただけましたら幸いでございます。