「元町を紡ぐ人びと」第3回:「タカラダ」宝田 博士さんと語る、ものづくりと街をつなぐ記憶
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- 2025.11.17.
横浜・元町の街には、時代を越えて受け継がれてきた、商いの美学があります。本連載では、そんな元町に根を下ろし、街とともに歩み続ける老舗の方々に、その想いやこれからを伺っています。
前回ご登場いただいた「横濱元町 霧笛楼」代表・鈴木 令二さんが「ぜひおすすめしたい」と紹介してくださったのが、今回のゲスト、「タカラダ」の宝田 博士社長です。

創業は明治15年(1882年)。130年以上にわたり、洋食器と暮らしの道具を通じて「優雅な生活文化」を提案し続けてきた老舗。同じく元町で長い歴史を重ねてきた近沢レース店とは、世代を超えた交流と共鳴の関係を築いてきました。
今回は、タカラダの宝田 博士社長と、近沢レース店営業本部長・近澤 柳が、元町の歴史、ものづくりの精神、そして街を未来へつなぐ想いについて語り合います。
第1章:タカラダの140余年。元町とともに歩んだ歴史
——まずは、タカラダさんの歴史や歩みについて教えてください。
宝田さま:はい。タカラダは、1882年(明治15年)にこの場所で創業しました。当初は西洋家具のオーダーメイドから始まり、やがて生活全般の品々を扱うようになっていきました。
時代の変化の中でお客様の要望に応えるうちに、家具に限らず、生活のあらゆる道具を取り扱うようになり、暮らし全般を支える店へと広がっていきました。
近澤:まさに、元町の商人らしい柔軟な発想ですね。時代の変化に合わせて自然に形を変えていく、その姿勢がいまのタカラダさんにも通じている気がします。
宝田さま:家具づくりから始まりましたが、当時の元町はまさに異文化が行き交う場所。西洋のスタイルを日本の生活に取り入れることが新しい価値だった時代です。おかげで、自然と人の流れや文化の流れを感じながら商いができました。
近澤:まさに、港町・横浜ならではのストーリーですね。

宝田さま:だからこの街には昔から、「ここでしか買えないもの」が多かった。それが、元町の文化や商売の根っこにあると思っています。
近澤:まさにいまの元町にも通じる言葉ですね。「ここでしか買えないもの」が街の価値をつくると。
宝田:そうなんです。ブランド品があるというより、「ここにしかないもの」がある。それが元町の商いの本質だと思っています。
戦後しばらくは、全国から「タカラダで商品を扱ってほしい」というメーカーさんが来てくださいました。食器を中心に、生活の中で使う上質なものを少しずつ揃えていって。
そして70年代、80年代、いわゆる「ハマトラ」の時代になると、元町の多くの店が自分たちのオリジナル商品を打ち出し始めた。タカラダもその流れの中で、より自社デザイン・オリジナルの製作に力を入れるようになりました。
近澤:そのオリジナルへの転換が、タカラダさんらしさを確立した時期だったんですね。
宝田さま:はい。やはり「オリジナリティ」がないと、どこかで比較されてしまうんです。自分たちの感性でつくった商品こそが、お客様に信頼していただけるものになる。「ここにしかないもの」を持つことが、お店としての誇りだと思っています。
——オリジナルブランドを展開する中で、大切にされてきたことはありますか?
宝田さま:私たちが掲げているコンセプトは、「優雅に生活を楽しむ」ということ。単に高級品を扱うのではなく、その視点があることで暮らしが豊かになり、心が豊かになる。そういう体験を届けたいんです。
近澤:コンセプトにタカラダさんの哲学が凝縮されていますね。
宝田さま:食器は、人間が毎日使うものです。けれども、食の中身、つまり料理ばかりに目が行きがちで、その下にある器への意識は後回しにされがちです。
私は、器ひとつで食卓の時間が変わると思っているんです。自分の好きな色、形、絵柄、質感に囲まれて食事をする。それだけで、毎日の生活に彩りが生まれる。
コンビニのプラスチック容器でも食べられるけれど、お気に入りの器を使えば、食事の時間そのものが豊かになる。その心の余裕を届けたいんです。
——器で変わる食卓、とても印象的です。
宝田さま:当店の食器づくりでは、材質や焼き上がりの「白色」にもこだわっています。同じ白でも、少し青みがかった白、黄みがかった白、純白など、微妙に違う。その材質によって、絵柄や金彩の発色がまったく変わるんです。
表面のわずかな厚みや重さの違いも、手に取ったときに感じる心地よさを左右します。微細な違いを積み重ねていくことが、最終的に「いいもの」をつくることにつながると思っています。
お客様は意識していなくても、日々使ううちに「なんだかいいな」と感じてくださる。そのなんだかいい、の裏にある微細な積み重ねこそが、専門店の価値ではないでしょうか。
近年は、商品の背景まで関心を寄せてくださる方も増え、「これはどういう意図の柄ですか?」などと質問をいただく瞬間が何より嬉しいですね。
近澤:よく分かります。当店もレースの柄を見て「これは何のモチーフですか?」と尋ねられることがあって、その一言で、お客様との距離がぐっと近づきます。

宝田さま:同じカップでも「こういう思いで作りました」とお伝えすると、お客様も大切にしてくださる。ものづくりの背景が伝われば、買う人も使う人も、きっと幸せになれると信じています。
第2章:近澤レース店との縁、共鳴する想い
——おふたりの出会いは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

宝田さま:近澤さんとは、もうだいぶ前からのお付き合いですね。最初は私の方から「元町ショッピングストリートの仕事を一緒にやらない?」と声をかけたのが始まりでした。
当時、近澤さんが入社されたばかりのころで、私はSG会(セカンドジェネレーションの会)の活動をしていまして。「せっかくだから一緒にやってみようよ」と誘ったんです。
近澤:そうでしたね。近澤レース店に入社後、すぐに宝田さんからお声がけをいただきました。SG会に誘っていただいて、その後、元町SS会の委員会活動にも参加するようになったんです。当時は右も左も分からない状態でしたが、街のことをいろいろ教えていただいて。
私が20代の頃で、宝田さんが30代半ばくらいでしたよね。よく飲みに連れて行っていただきましたね。いまも変わりませんが、当時から元気でパワフルな方だなと思っていました。
宝田さま:ありがとうございます。それはもう、よく飲みましたね(笑)。また行きましょう。
——一緒に活動される中で、印象に残っている出来事はありますか?
近澤:やはり、SG会からSS会へと活動が広がっていく中で、宝田さん含め商店街のいろいろな方々と関わることができたのが大きかったですね。副理事長を務めさせていただいた時期には、宝田さんも同じ立場で。その頃は「元町をどう盛り上げるか」をよく議論していました。
宝田さま:私はどちらかというと実務寄りだったので、近澤さんの行動力にすごく刺激を受けました。発想が柔軟で、「こんなことやったらどう?」というアイデアを次々に出されるんです。いつも明るくて会議でも場を和ませてくれるし、一緒にいて楽しい仲間でもあります。
近澤:ありがとうございます(笑)。若い頃からこうして先輩方に混ぜていただいて、たくさん学ばせてもらっていまがあるので。今度は私たちの世代が次の世代へつないでいく番ですね。
宝田さま:近澤さんに限らず、SS会で活動していると、世代や業種が違っても「元町を良くしたい」という気持ちは同じなんだと感じます。それがこの元町ショッピングストリートの一番いいところですね。
——長くお付き合いを続けてこられた中で、お互いのお店についてどのような印象をお持ちですか。
宝田さま:近沢レース店さんは、間違いなくいまの元町で最も勢いのあるお店のひとつだと思います。特にSNSやメディアの使い方がとても上手で、ただの発信ではなく、どうすれば人に伝わるかという部分をよく理解されている。
おそらく、テクニックというより、もともとお店の中で1対1のお客様に丁寧に向き合ってきた経験の延長なんですよね。日々の接客で培った伝える力が、そのままデジタルの場でも生きている。
そして何より、根底にあるのはものづくりへの真摯な姿勢。発信の手段は変わっても、「お客様に良いものを届けたい」という想いは一貫している。私自身もいつも勉強させてもらっています。
新しいコンテンツの見せ方や伝え方は、真似しようとしてもなかなかできない。それだけ深く考えて行動されている証拠ですね。直接ノウハウを聞いてきてよって社員にはよく言ってます(笑)。
近澤:そんなふうに言っていただけて光栄です。確かに、私たちがやっていることはSNSや媒体の形が違うだけで、根本は同じだと思います。
宝田さんのお店を拝見していると、変わらずこの街に根を張る、揺るぎない存在であると感じます。一つひとつの商品に魂を込め、慎重に、誠実にお商売をされている。その姿勢にいつも学ばされています。

また、お客様との距離の近さも印象的です。タカラダさんでお買い物をされた方が、当店にいらして話していただいたことがありまして、皆さん「店主の想いが伝わってきた」とおっしゃいます。
スタッフの方々もベテラン揃いで、宝田さんご自身もいつもお店に立たれている。いまの時代、規模のあるお店の社長が現場に立ち続けているのは本当に稀なこと。店主の顔が見える商店街という元町の中でも、まさにその象徴的な存在だと思います。
そういえば、購入時にお店の方が商品を指で弾いているのは意味があるんですよね?
宝田さま:はい。あれは主に、ひび割れや破損がないかを確認するために行っています。商品を指で軽く弾くと、稀にほかのものとわずかに違う音がすることがあるんです。よく見ると、小さなひびが入っていたりするんです。
もちろん日頃から品質管理には気をつけていますが、どうしても環境や経年変化の影響で傷が入ってしまうこともあります。だからこそ、最終確認は必ず私たちの手で行うようにしています。
近澤:そういうことだったんですね。他店ではあまり見かけない作業だったので、理由が分かって納得しました。丁寧に確認されている姿も、お客様にとってはお買い物の素敵な思い出になりそうですね。
第3章:元町の変わらない信念と、未来へのバトン
——長い歴史の中で、元町という街も少しずつ変化してきました。いまの元町をどう見ていますか。

宝田さま:昔と比べると、お客様の顔ぶれは変わりましたね。以前は外国の方が多かったけれど、いまは日本の方が中心。とはいえ、元町に来られる方は、相変わらず「ここにしかないもの」を目当てにいらっしゃる。街全体にオリジナル文化が根付いているのは変わらないです。
近澤:この対談を経て改めて感じましたが、元町は街の魅力だけでなく、専門店街としての魅力もありますよね。お店の人が、自分たちのオリジナルやこだわりを語れる。それが接客の魅力になって、街の空気をつくっていると思います。
——これからの元町にどのような可能性を感じていますか?
宝田さま:個店の力をもっと見せていくこと、それから世代のバトンですね。元町は、若い世代が会に自然と入ってきて意見を言える風通しがある。そういう場で互いに学びながら、次へつないでいく。情報共有して一緒にこの世界を盛り上げていく、というのが昔からのやり方なんです。
近澤:おっしゃる通りですね。広報を担当しているので身に染みますが、全体としての広報と個店の魅力を伝えることの両立は難しいです。商店街としての情報を整えつつ、各店の物語も前に出したい。この連載のように、今後はあらゆる形で元町の個店をもっとフューチャーする発信を増やしたいと考えています。
宝田さま:やっぱり個店が主役で、街はその集合体。だからこそ、店のこだわりや背景を知ってもらえる発信は大事ですね。
——最後に、元町を訪れる方へメッセージをお願いします。
宝田さま:元町は、いつ来ても新しい発見がある街です。これから年末年始に向けて、抽選会や毎週末の音楽イベントが始まり、1月の年始企画、2月は元町チャーミングセール、3月はお花見・・・と、5月ごろまでは毎週のようにイベントが続きます。ぜひこの期間に足を運んでください。
元町商店街のお花にも目を留めていただけたら嬉しいですね。2025年は6月から「五大陸の花」をテーマに植栽を変え、9月に植え替えをしています。通りの端に花の名前や大陸名を掲示していますので、石畳や建物とあわせて花を見ながら元町を散歩するのもおすすめです。

近澤:改めて宝田さんのお話を伺い、理事長として、リーダーとしての考え方や視点にとても学びがありました。やはり根底にあるのは、しっかりとしたサービスを提供できる専門店の集まりが、元町という街を形づくっているということ。
いまの時代、インターネットやSNSで調べれば知識はいくらでも得られます。ですが、それが正しい情報か、質の高い情報かどうかはわかりません。元町の専門店には、質の高い情報をもったスタッフが集まっています。自分たちのお店に誇りを持ちながら、お客様との会話を通して知識や想いを届けています。
そうした体験そのものが、元町の魅力だと思います。ぜひ気軽に訪れて、街と会話を楽しんでください。
——次回の連載に向け、宝田社長の元町おすすめスポットを教えてください。
宝田さま:斜向かいの「ダニエル」さんを紹介させてください。店頭に赤い大きな椅子があるお店といえば、元町に馴染みのある方はピンとくるのではないでしょうか。
昔、コラボフェアを開催し、ダニエル元町さんにはピクニックバスケットをつくっていただき、当店の食器とセットで販売したことがありました。

面白い取り組みもされていて、家具の修理を「家具の病院」と名付けて展開しているんです。同じ修理でも、そう呼ぶことでお客様が預けやすくなりますよね。ネーミングの工夫ひとつで、新しいお客様との出会いを生み出しているのが素晴らしいと思います。
ものづくりへのこだわりも深く、話していてとても刺激になります。ぜひダニエルさんの考えや想いもお話を伺えたら嬉しいですね。
最後に

130年以上の歴史を持つタカラダと、創業以来元町で歩みを重ねてきた近沢レース店。業種は異なれど、両者に共通しているのは、暮らしを豊かにするものづくりへの真摯な姿勢でした。
器とレース。どちらも人の手のぬくもりから生まれ、日常を少しだけ特別にする存在。その根底にあるのは、使う人を想う心です。
街をつくるのは、建物でも商品でもなく、人。そして、人をつなぐのは想い。この対談を通して、元町という街に息づく誠実なものづくりの連鎖が、次の時代へと静かに受け継がれていくことを感じました。
タカラダ 元町本店
- 住所:〒231-0861 神奈川県横浜市中区元町3-118
- 営業時間:10:30~19:00
- 定休日:月曜日 ※祝日の場合翌火曜日
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