「元町を紡ぐ人びと」第6回:「キタムラ」北村 信さんと語る、変わらぬ優しさで紡ぐものづくり

1882年、元町で「北村商店」として創業し、1972年に自社ブランド「Kマーク」を掲げてから半世紀以上。横浜元町を代表するオリジナルバッグブランドとして、多くの女性に愛され続けてきた「キタムラ」。近澤レース店とも、街の仲間として長く交流を重ねてきました。
今回の対談では、株式会社キタムラ取締役副社長・北村 信さまと、当店営業本部長・近澤 柳が、創業からの歩み、ものづくりへの想い、そして元町という街の未来について語り合います。
第1章:北村商店から「キタムラ」へ。140年余りの歩み
——早速ですが、長い歴史を持つキタムラさんですが、もともとは「北村商店」として創業されたそうですね。どんな商いをされていたのでしょうか。
北村さま:創業は1882年、実は第3回に登場されたタカラダさんと同じ年なんです。和装小物やお土産、今で言うところのセレクトショップのようなことをやっていました。
面白いエピソードがあって、20年ほど前にオランダから突然手紙が届いたことがあるんです。中には戦前のキタムラのショップカードが入っていて、裏面は英語で「スーベニア」と書かれていた。
どうやら横浜港に寄港したオランダ海軍の士官が持っていたもので、そのご子孫が遺品整理の中で見つけて送ってくださったようなんです。
家族も初めて見るような資料で、私たちも知らないことばかりでした。
近澤:当時からすでに海外のお客様も意識されていたんですね。
北村さま:そうなんです。そこからしばらくは舶来品を扱うお店で、私が子どもの頃はまだ本店の奥にヴィトンやグッチを置いた「舶来品コーナー」がありましたね。
今のオリジナルブランド「Kマーク」が生まれたのは1972年。私が生まれる2年前のことです。
——「Kマーク」が生まれた背景を教えてください。

北村さま:あのロゴは、父が学生の頃から自分で考えていたサインを、そのまま形にしたものなんです。
既存のフォントを使ったわけではなく、完全に手描きから起こしたデザイン。だから今見てもどこか温かみがあるんですよね。
——そこから全国に店舗を広げていかれたと。
北村さま:1970年代後半、いわゆる「ハマトラブーム」が来て、元町ブランドが一気に注目されました。80年代、90年代とその勢いのまま成長して、気づけば全国のあちこちに店舗があるような状態に。
実は私、高校3年間をイギリスの学校で過ごしていたのですが、帰ってきたら「あれ、こんなに増えてる」と浦島太郎のような気分でした(笑)。
近澤:私たちが子どもの頃も、チャーミングセールの時期はいつも行列ができていて、「いつかキタムラさんみたいに並ぶお店にしたいね」とずっと話していたんですよ。
北村さま:ありがたいですね。私自身も子どもの頃、店の手伝いをしていたんです。小学3年から5年生くらいの頃、商品の品番を全部覚えて出荷を手伝っていました。
近澤:信さんのお母様から伺ったことがあります。全品番暗記していたって。
北村さま:覚えましたね、半日で(笑)。ただ目的は単純で、手伝いの報酬としてタミヤの戦車のプラモデルが欲しかっただけなんです。
友達が持っているのを見て「僕も欲しい」と思って手伝いを始めたら、ちゃんと買ってもらえて。それでまた頑張るようになった、それだけの話です(笑)。
第2章:「やさしさ、かわいらしさ、上品さ」が支えるキタムラのものづくり
——140年以上の歴史の中で、ブランドとして大切にしてきたことを教えてください。

北村さま:1972年にオリジナルを始めてから一貫しているのが「やさしさ、かわいらしさ、上品さ」という3つのキーワードです。
デザイナーが入れ替わっても、不思議とこの3つを外れないものが出来上がってくる。
スタッフにも自然と浸透していて、私は特に何かを教えたことはないのですが、他のイベントに連れて行くと「どんな教育をしているんですか」とよく聞かれるんです。
近澤:キタムラさんのスタッフさんって、一目見ればわかりますよね。
北村さま:ありがとうございます。それくらい社風として根付いているんだと思います。
私の両親、特に母がそこにはとても厳しくて。そこから逸脱すると、それはもう大変な剣幕で(笑)。
近澤さんのところも、男3人でこんなに繊細で可愛らしいレースを作られているのが実は不思議で仕方ないんですよ。
近澤:背中にチャックがついているんです。中身は可愛い女の子なので(笑)。
北村さま:屈強な見た目なのに、そのギャップがまたいいんですよね(笑)。
——ここ数年で新しく始められたお洋服のラインについても伺えますか。
北村さま:お洋服や靴自体は20年以上前から手がけていたのですが、ここ4〜5年、コロナ禍が明けたあたりから「KITAMURA -New Label-」という新しいラインを本格的に始めました。
スタッフたちが「自分たちが本当に着たいもの」を作りたいという想いで企画したもので、昔の本店だった三丁目店を新しい拠点にしています。
近澤:当店の目の前ですね。
北村さま:そうですね。ロゴも少し変えて、新しいことにも力を入れています。とはいえ、お客様から見ればあくまで「キタムラのお店」。
あの3つのキーワードから逸脱するわけにはいきません。
近澤:ひと目見て「キタムラさんのアパレルだ」とわかりますもんね。
北村さま:面白いのは、若いお客様がキタムラだと知らずに「可愛い」と入ってきてくれて、購入後に家でロゴを見て「これあのキタムラじゃない」と気づくパターンが多いこと。
それも新規のお客様との出会い方として、狙い通りというか、ありがたいことだと思っています。
——トレンドの取り入れ方について、意識されていることはありますか。

北村さま:ファッションの流行色やトレンドは、シーズンの1年半〜2年前には大体決まっているものです。それをそのまま全部商品化してしまうと、キタムラらしさがなくなってしまう。
取り入れるとしても、色やデザインをそのまま使うのではなく、さりげなく取り入れる工夫をしています。
あとは「キタムラならではの色や形」を作り続けることを大事にしていますね。
第3章:近澤レース店とのつながり、元町商店会での歩み
——お二人の出会いについて教えてください。
北村さま:最初の出会いは、SG会(元町の商店会)ですね。
ある日、私が普段着で街を歩いていたら、前からスーツ姿の近澤家の皆さんが。「やばい、ちゃんとしなきゃ」と焦ったのを覚えています(笑)。
あの佇まいは今でも印象に残っていますね。
近澤:当時はそういう格好ばかりしてましたね(笑)。私がSG会に入ったのは2006年なので、ちょうど20年になります。
北村さま:自動車整備の資格を持っているので、近澤さんたちのタイヤ交換を何度も手伝わされましたよ(笑)。
近澤:当時の写真もちゃんと残ってますよ(笑)。
——商店会の活動について、もう少し詳しく伺えますか。

北村さま:もともと「MG会」という上の世代の会があって、その次の世代として私たちが「JJ会」を作り、それが「SG会(セカンドジェネレーション)」という名前になったのが24年以上前のことです。
月1回の例会をはじめ、お祭りの準備なども含めて、街の仲間としてのつながりが強くありました。
近澤:SS会の広報宣伝の仕事も信さんが長く担当されていて、私も同じセクションで一緒に活動していました。
委員会とSG会だけで月2回、イベントがある月はさらに増えて、終わるのが夜12時ということも普通で、その後2時、3時まで飲みに行くのが当たり前でしたよね。
北村さま:今考えると無茶な働き方してましたね(笑)。すべて手弁当でしたし、今やったら身体が持ちません。
第4章:コラボレーションと、互いへの想い
——近澤レース店とのコラボレーションについて伺えますか。
近澤:以前、当社の白いレースでキタムラさんのバッグの「K」のロゴを表現したコラボレーションをさせていただいたことがあります。
北村さま:あれは良かったですよね。
あとは、チャーミングセールの初日に、うちのスタッフのインスタライブに私が突撃するのも恒例になっていて(笑)。商品を並べているところを一度映されて、また戻ってきて「何やってるんですか」と言われる、というくだりがあるんです。
日頃からちょっとした交流はありますね。
——近澤さんから見て、キタムラさんの印象を伺えますか。

近澤:やはり元町、そして横浜を代表するオリジナルブランドだと思っています。子どもの頃から「いつかこんな行列のできるお店に」とずっと憧れてきました。
以前、大阪・阪急梅田さんでの特別チャーミングセールにヘルプで伺ったことがあるんですが、キタムラさんの盛況ぶりは別格でした。
エレベーターが開いた瞬間にお客様が走り出すような勢いで。
北村さま:初めての梅田特別チャーミングセールは、たしか2000年代半ばごろだったと思います。
20坪ほどの小さな売り場でしたが、元町から参加した店舗全体の売上のうち、その半分近くをキタムラが占めていました。とてもありがたいことですが、大変なこともたくさんありましたね。
近澤:凄まじいですよね。それだけ長く牽引されてきたブランドなのに、いつも新しいことに挑戦されているのが印象的です。
ユニークなハンカチや、パンをモチーフにしたバッグなど、当社よりもずっと革新的なことをされているなと思います。
北村さま:ありがとうございます。近澤さんのところの遊び心のある企画も刺激になっていて、私たちもいつかそういう表現に挑戦してみたいと思っているんです。
表現の仕方は違っても、お客様に楽しんでいただきたいという想いは変わりませんから。
第5章:変わりゆく元町、変えたくないもの
——長く元町の街を見てこられて、時代の変化を感じることはありますか。
北村さま:毎日感じますね。横浜というと今は「みなとみらい」のイメージが強くて、元町は「昔ながらの街」と見られがちです。だからといって若返りだけを狙うとうまくいかない。
ここ数年、コロナが明けてから、少し若いお客様が戻ってきている実感があります。
結婚されてお子さんが生まれた世代の方々が、元町でお買い物を楽しんでいただけるようになってきた。このバランスが少しずつ整ってきていると感じます。
——次の世代のために意識されていることはありますか。
北村さま:子ども向けのイベントには特に力を入れたいと思っています。
2025年は初めて人気キャラクターを起用したパレードを行い、今年は人気アニメのキャラクターとのタイアップがありました。
実在の著名人だけでなく、子どもたちが本当に喜ぶものを取り入れることが大事だと思っています。
ハロウィンも20年以上続けている恒例行事で、売上には直結しないという声もありますが、子どもたちが主役であり続けることが元町らしさだと思っています。
——街の新旧のお店についてはどう感じていらっしゃいますか。

北村さま:昔から変わらない佇まいのお店が元町にはたくさんありますが、そういうお店がなくなってしまうのは寂しいですね。
若い世代の子たちが、昔からある置物を見て「かわいい」と新鮮な気持ちで入っていく様子を見ることもあります。
キタムラでも「復刻シリーズ」を出したことがあるのですが、若いスタッフが「これを形にしたい」と言い出したのがきっかけでした。
過去にしがみつきすぎるのも良くありませんが、スパイスとして時々取り入れるのは大事なことだと思っています。
第6章:これからのキタムラ、そして元町へ
——最後に、今回の記事を読んでくださる方へメッセージをお願いします。
北村さま:これからも守るべきものは守り、攻めるべきところは攻めていく姿勢は変えたくないと思っています。
あるお客様から聞いたエピソードなのですが、10年以上前から作り続けている「おうちの形」のバッグを、知り合いの80代のお母様が「かわいい」と手に取ってくださった。
そして同じバッグを、知人の娘さん、当時まだ小学生だった女の子も「かわいい」と言ってくれたんです。
世代を超えて、同じものを「かわいい」と思ってもらえる。それがキタムラの強みなのかなと思っています。
これからも、たくさんの人に愛され続けるブランドであり続けたいですね。

近澤:キタムラさんと言えば、実は当店の目の前に三丁目店が、少し右を向くと四丁目に本店がございます。
ぜひ当店にお越しの際は、キタムラさんにも足を運んでみていただければと思います。
北村さま:今度チャーミングセールの時、近澤さんもうちの店に立ってみます?私がおもてなししますよ。
近澤:僕がですか(笑)。確かに、それも一つのコラボレーションかもしれませんね。
最後に
1882年の創業から140年余り。時代とともに扱う商品を変えながらも、「やさしさ、かわいらしさ、上品さ」という3つの言葉を守り続けてきたキタムラさま。
80代の女性と小学生の女の子が、同じバッグを見て「かわいい」と言う。そのお話には、世代を越えて愛されるものづくりの本質が詰まっているように感じました。
そして、街のイベントに情熱を注ぎ、子どもたちの記憶に残る元町をつくろうとされている北村さまの姿は、老舗が街とともにあることの意味を教えてくれます。
かつてハロウィンでお菓子をもらった子どもが、今は元町のお店でスタッフとして働いている。そんな温かいつながりが生まれる街を、これからも一緒に紡いでいければ幸いです。




